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2010年5月28日 (金)

シカの子

 「シカの子がいた。ケガしているみたい。誰かが通報して、係の人が来ていた。

今手当てすると、助かるかもしれない」

登山道で出会った男性が、心配そうに教えてくれた。

shoumaが「喘息のリハビリ」と称して連れていってくれた山。

手当はないだろうな、と思った。けど、その男性には言わなかった。

 しばらく行くと斜面の上でシカの警戒の声が響いた。

何度も何度も。

声が止んだ頃、登山道にその子はいた。

Shikanoko

 警戒の声をあげていたのは牝鹿だったという。

先に見つけていたご夫婦が、興奮して教えてくれた。

「この子がいたからなんですね!」

shoumaがお二人に男性から聞いた話を伝える。

 ・・・やっぱり、手当はなかったんだな。

ケガは見当たらなかった。でも、衰弱しているのは一目でわかる。

お母さんとはぐれ、お母さんは一生懸命探しているのかもしれない。

でも斜面の上から見降ろしても、ここは見えない。

 会えない時間が経ちすぎて、衰弱したのだろうか。

 あるいは捻挫か何かして、お母さんに付いていけなくなったのか。

シカ語が話せたらな、と思った。ここにいるよ、と伝えられたらこの子は・・・

「行くぞ。おれたちがいると、牝鹿は探せない。

誰もいなくなれば、もしかしたら見つけるかも」

shoumaが言った。後半は祈りのようだった。

「私は」

shoumaをにらんだ。

「私は、非情だから、この子の写真を撮るよ。ひなてくに載せるよ」

「勝手にしろ」

shoumaは先に歩きだした。

 「・・・家に連れて帰るつもり?一生面倒みるの?みられるの?」

仕事で、対象者を依存させる後輩がいると、私は言い放つ。

・・・そう。

今同情しても、一生、この子の面倒を見られるわけではない。

同情は決して、相手の命の尊重にならない。

そんなことは百も承知しているはずだが、同時に感じる自分の力の無さ。

 鳥も魚も、虫も生き物たち・・・みんな、命をかけて必死に生きているのに、

今まで、単に高みの見物してたんだ。

 シカの子がつきつけた現実。

写真を撮ることは決してきれいごとではない。

 この事実を頭と心にしっかり置いておくことにした。

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コメント

野性の動物ですから、人間がそこから学ぶことはあまりにも大きいですね。

その瞬間、いっしょに生きていて、雌鹿もこの子も、mikolaさんの一生懸命に生きようとしているのが伝わってきました。

私はほとんど森に行くことができないのだから、野性の子鹿をみせてもらって、有難うと思います。

KAORUさん
 暗い、独りよがりなエントリーを読んでくださって、ありがとうございましたm(_ _)m

 いのちって、平等じゃないんですね。
喘息でも、私はヒトだから助かる。
この子は、ヒトじゃないから助からない。

 ヒトは食物連鎖の頂点に立っているのですから、何を今さら、なのですが。

 他国では、戦によって目の前で肉親を殺された子どもたちに教鞭を取っていました。
今もいのちの現場にいます。
 それでも、『いのちが平等でない』ってすぐ忘れちゃう愚かなmikolaです。

 コメント下さってありがとうございました。
かわいそう、って言われたらどうしようかと思いました。
私のエゴに対するお気遣い、本当にありがとうございます。

・・・たぶん自分もそのままにして去ったと思います。

ふもとまで抱えて降りて動物病院等を探して手当てをして・・・その後は?

山に返す?
動物園に育ててもらう?
ペットにする?

何れも現実には無理ですよね・・・多分。
50年も昔巣から落ちた雀を育てようと思いあれこれ手を尽くした結果死なせて仕舞った事は今でも忘れません。

貴女方ご夫妻の様に極身近に生(死)を感じなくなってしまった爺の感想です、お許し下さい。

寅さん
 あ~、大丈夫です。そういうことはよく存じているつもりです。
そうでなければ、『いきものがかり』を公言する資格が、そもそもありませんものねcoldsweats01

 へたっぴな文章で、意味不明でしたね。
面倒なエントリーにコメントをありがとうございました。

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